すばらしきマツダ王国の間
2003年9月16日更新
このページはMAZ部屋の掲示板で書いた「すばらしきマツダ王国?」の再編集版です。
今年の1月から変化した事項もふまえながら書いています。
1.ロードペーサー、エチュードが多く走って・・・ないです
広島でもレアカーです。見ることがないです。
エチュード。内の2軒隣が以前乗っていたのですが、
引っ越したのでそれ以来見てないです。
2.マツダのオート3輪も最近見ません
以前はある建材屋がオート三輪を5年くらい前まで
使っていたのですが、最近は見ません。
3.クロノス兄弟は最近は見なくなりつつあります。
さすがに広島地区では売れたので以前はよく見ましたが、
最近は見なくなりました。本家のクロノスは最近減りました。
最近よく見るのはMS−8、ユーノス500、MX−6で、比較的見ます。
クレフは少数派すぎて、クロノス、MS−6はつぶした数が多くて、
もう5年したら本当にいなくなりそうです。
4.ファミリア、カペラ、デミオ、ボンゴはよく見ます
他の地区の比ではないはずです。それくらい多いです。
5.AZーオフロード、AZ−ワゴン、スクラム、(アルトOEMの)キャロルもよく見ます
本家よりも多く走っています。
6.FD、FC、ロードスターはそこそこ
あんまり多い実感はありません。見ないことはないです。
7.最近の新車は・・・
ミレーニャの新型はそこそこ見ます。トリビュートも見ました。
でも少ないです。
8.マツダ車のタクシーは貴重になりつつある。
(もうそろそろレットリスト入りか・・・?)
マツダがタクシーの製造をやめたのが96年。
やめて2年程度は元々売れたのが多かったせいで、
多く見ましたが、最近は引退する車が急増し、
今や一部個人タクシーや一部のタクシー会社など
で使われるだけとなったマツダ車・・・
デミオタクシーは走ってないし、今のカペラはタクシーに
なってないし、センティアタクシーも滅多に見ない・・・
タクシーにマツダ車が多かったのは昔話になりつつあります。
今生き残っているタクシーの多数派は「カスタムキャブ」です。
(1980年ころに出たルーチェの改良版です)
9.ランティスはたまに見ます。
広島では売れたので多少は走っています。
5年後は壊滅なのか・・・
10.MVPは先代もよく見ます。
今大好評で売れている現行MVP。広島では先代も
よく走っています。
11.究極のレア車(S−MAZDAさんごめんなさい)
広島市内にある家電店「ベスト電気 広島本店」の4Fには
ワインレットのキャロルの屋根をぶちきって作った
「キャロル オープン」があります。
元々3Fにあった頃はS−MAZDAさんのキャロルと
大差なかったのですが、今や屋根をぶちきられ、
オーディオの重装備、ナビつき、巨大スピーカーつき・・・
ただし公道では走れない・・・
幸せなのか、不幸せなのか。このキャロは・・・
#キャロルの話
1961年誕生の初代キャロルは100%マツダ製です。エンジンも、当時作っていたオート3輪のエンジンを流用せずに、新しく起こした物なので、力が入りまくっています。
その後出てきた、軽のシャンテ(1972年登場)は、もしかしたら1ローターのロータリーを積んでいたかもしれない車ですが、もしもロータリーを積んで出ていたら「キャロル・ロータリー」の名前になっていたそうです。(実際載せたエンジンはブリヂストンの幻の350CCオートバイ用エンジンを改良して作った物です。)この車種も100%マツダ製です。
平成の世の2代目・3台目キャロルは如月那津美さんの言うとおり、エンジンなどメカニカルをスズキがつくって、広島に鉄道で運んで、広島で作ったボディと組み合わせて作っていました。2・3代目はボディはマツダ製ですが、さらに細かく書くと関係会社の「クラタ」が作った物です。下にリンクを入れておきます。
4代目は完全なスズキ製です。これは本当にキャロルなのでしょうか(笑)。みなさん「マツダ アルト」程度しか思ってないかも。
エンジンは、K360及びR360が、空冷4サイクル(OHV)V型2気筒で、キャロルは水冷4気筒の4サイクル(OHV)でした。
マツダの乗用車生産は軽のR360から始まりました。2+2シーターで、当時としては先端のオートマ車もありました。この車の後に、より本格的な乗用車としてキャロル、ファミリア(最初はバンでした)と続いていきます。昔の話はここまでにして(商用車をふれ出すと、マニアック度が大きくなりすぎるので)、550時代に入ってから軽のエンジンを自前で作らなくなりました。15年近く三菱からエンジンを買ってきて、最近はスズキが全部作っています(笑)。
2代目キャロルと同じ頃に出た忘れてはいけない軽があります。その名は「AZ−1」。アルトワークスのエンジンをミッドシップに載せて、ガルウイングで一応スポーツカーしてました。確かボディの外皮がプラスティックだったはずです。当時あんまり売れずに残念ながら廃止。いまや一部の熱狂的ファンを増やしながら、頑張っています。スズキ販売版は「キャラ」でした。
「キャラ」ってスズキから見たら「自分の所のエンジンを積んでいるが、ボディは他社製で、何故か里帰りした車」でしょうか。
#デミオの前世
デミオのご先祖様は、85年頃デビューした「フォード フェスティバ」までさかのぼる。背の高いボディでそこそこ人気がでて町中でそこそこ見かけるようになった。そのふらっとフォームを流用いや改良して使ったのが「オートザム レビュー」である。キャロルの兄貴分みたいなデザインで、当時のCM女王小泉今日子がPRしていた。そのレビューがデミオの直接の先祖になる。その後、フェスティバもモデルチェンジしたが見事にこけて、当時のマツダはじり貧になってしまった。そんな95年のモーターショーにデミオの元になるショーカーが出て、そして出たデミオはバカ売れしてマツダは一息ついたとさ。S−MAZさんのいとこが持っているデミオにも歴史有りです。
#マツダ車話
第2次オイルショックの頃にできた「ファミリアAP」と「ルーチェ」(ルーチェ・レガート)。主力車種としての寿命はあんまり長くなかったのですが、work車両としての寿命は長かったです。
ルーチェは、バンがカペラ・カーゴが作られる1987年頃まで作られていました。
ファミリアAPも、バンが1986年頃まで作られていました。これで人生(車生)が終わるかと思ったら、そうはならずに、90年代に入りアジアカーとして復活してしまいました。それも関税の関係で日本製の車が入るようになってから生産終了しました。ファミリアAPは短命に思われていますが、意外なところで長生きしています。
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